裸の王様

体外離脱で学んだ、失敗や挫折から抜け出す異次元ブログ。

近況についてのメモ書き

2022年6月12日14時14分、僕は交通事故を起こしました。交差点ど真ん中で車と衝突。車は大破。

 

左から直進してきた衝突しそうな車に気づいたとき、バックミラーを確認するにも眼球の速度が追いつかないと分かり断念。右サイドミラーを見るために顔を右に向けようとするも、顔の往復が間に合わないと断念。

 

玉突き事故の可能性を考えたらブレーキを踏むこともできず、右から直進する車が来る可能性を考えたらハンドルを右に切ることもできず。

 

できるだけ衝突を和らげようと、右斜めに少しだけハンドルを切りました。

 

「バンッ!」

 

2台の車は大きな音を立てて止まりました。

 

 

 

前兆が、ありました。いつか、何かが起きる。

 

僕自身、典型的に失敗をするパターンを心いっぱいに持ち歩いていました。そうわかるから、どこかで止める必要がありました。もちろん止めたいけど、でも止められない。日々、深い闇に堕ちていく感覚でした。

 

そこで起こした、交通事故。

 

「終わった…」

 

僕なりに日々悩み、どう生きようかと悩んでいた中での交通事故。追い討ちをかけるような衝撃に「終わった」と思いました。

 

 

 

しかし同時に、あることが「終わった」ことも気づきました。「これまで」が終わりを告げたことに気づきました。いいことも悪いことも、「これまで」が終わりました。

 

「終わり」といっても、人生は続きます。終わったのは、癖・習慣・思い込み・行動基準・思考パターンなど。

 

交通事故のときの衝撃音は、潜在意識の破裂音。あと0.1秒早かったら。あと0.1秒早かったら、今これを書くこともできなかった可能性もありました。

 

その日、すべてが変わりました。

 

 

 

実はそのときの体験から少しして、書き始めたのが『メンタルとの対話』です。「創造の仕組み」を失敗や挫折にアジャストし、その原因や理由はすべてメンタルにあると。

 

「メンタルが崩壊する」という表現がありますが、崩壊(破壊)は再構築(創造)のチャンス。

 

はじめて生死をリアルに体験した中で、鈍感な僕の感覚も少しだけ微細になったようです。いくつもの不思議な体験とその解釈を重ねていく中で、「失敗」「挫折」「絶望」などと離れることを決意しました。

 

すべての選択は、自分自身にあります。人は「死」を選択できるのであれば、「生きる」ことを決めることもできます。「生きる」ことの意味や大義を再定義し、再始動することもできます。

 

「ただ生きる」ことと、「選択して生きる」ことは違う。生きることへの明確さが、時には必要になってきます。

 

 

 

「生きよう!」と決めた僕は、走り書きのような『メンタルとの対話』で「失敗」「挫折」「絶望」の3つを吐き出しました。新しい人生を歩もうとする僕にとって、失敗も挫折も絶望も、体験しているうちにじっくりと観察しようと思いました。

 

「観察」とは、対象物と離れている前提で成り立ちます。観察して拡大したあとで、再度それを手にするか否かを考えました。それを手にするリスクの大きさに、少なくとも気づきました。

 

だから「希望」「未来」「正義」とともに、吐き出しました。それは僕にとって、バイブルまたは分身(子ども)のようになりました。

 

結果、すでに恐れるに足らずとなりました。蓋を開けてみれば、すべては自分自身の内面に存在するからです。

 

僕の人生の中で、その事実を「知った」ことはあっても、「認めた」ことがありませんでした。認めたことで、やっと穏やかになれた自分自身がいました。すべてが、間違っていました。

 

 

 

最近のこのブログのアクセスを見ていますと、投資やトレード関係から探してご覧になる方が多いようです!

 

今のところバナーにあるような『名もなき暗号資産トレーダーのつぶやき』しか、情報は出していません。しかし頭の中は、今すぐ伝えたい溢れる情報でいっぱい。

 

日本の高校でも金融教育がはじまったこともあり、今後はここの理解があるか否かで人生は大きく変わっていきます。機会があれば、また書いていきたいと思います。

 

特に次の更新は、決まっていません。まずは、下記記事をご覧くださいませ。