裸の王様

体外離脱で学んだ、失敗と挫折から抜け出す異次元ブログ。

メンタルとの対話8「不正を暴く『時間』の正体」

赤ちゃんが成長する段階で身体をかためるとき、それはメンタルにも影響を与えています。歯が痛ければ仕事に集中できないことからもわかりますが、身体はメンタルに矢印を向けて影響を与えます。

 

「考える人」が稀なのは、身体の制限が思考の制限につながるからです。制限された思考が、流される習慣をつくっていきます。

 

それでもどの時代も、世の中には常に考える人がいます。考える人は、多かれ少なかれ、流される人たちにとっては救世主です。「なんかおかしいな」と気づくのは、考える人の思想や行動を異質に感じるからです。

 

「考える人」の思考は、止まりません。流される人が流され続けるなら、考える人は考え続けます。その思考の力に気づくと、抑えることは難しくなります。

 

でも抑えないことで、世間からの批判や非難を受け入れることになります。引き寄せの法則というより、ギブアンドテイクです。理解しない人たちからの批判を買う代わりに、思想を売ります。マーケティングのように、一定割合でその思想は、届きます。

 

流される人たちにとって、明確な目標を持つ考える人の言葉や行動は、方向性を感じられます。その方向性そのものが、希望になったり、勇気をもらったり、気づきを与えます。

 

 

 

それでも、それによって失敗したり挫折することは、あるかもしれません。宇宙に本質的な「正しさ」はなく、「正しい」と思う意識だけが存在します。ポジティブとネガティブも、便宜上そう捉えるだけです。幻です。ただ、「これはポジティブだ」と思う意識は常に存在しています。

 

道徳心として「正しい」があっても、正しさに辿り着けないこともあります。考える人にも、間違いはあります。SNS時代には、特に「炎上」があります。

 

それでも、必ず存在していることがあります。それは「明確さ」です。目標を達成するために、正しくない言動があっても、明確であることはできます。明確さは、常に常に常に考える人にとっては正義です。

 

明確さを持ち、はっきりくっきりと、今を生きる。こういう人にとっては、「失敗」は失敗ではありません。名詞ではなく、動詞です。とても柔らかいものです。

 

この「失敗」を瞬時に名詞化して「失敗者」となるかは、選択できます。しかし、ほとんどの場合の失敗は、一時的なものです。

 

ただ、気をつけないといけないことがあります。「時間」の存在です。一時的な「失敗」をした場合にも、放っておくことで「失敗者」となる場合があります。「時間」は、その分量を増すことで物理的な性質を強くする特徴があります。

 

例えば「嘘」をついても、「バレなければいい」という考えがあるとします。しかし「時間」が経つと、なぜかついた嘘は過去からやってきます。

 

情報社会は、「時間」の性質を浮き彫りにします。「時間」は、不正を許しません。「時間」は、正義感が強い存在です。「時間」の正義感は、訂正したり謝罪したりする「時間」を与えますが、タイムリミットを設けています。

 

20年積み上げた信頼も、崩壊するのにはたった5分で十分です。自由や成功を求めた果てに、一瞬で失うという人がいます。多くの人が言っている意味としては、欲しいのは「自由」以上に「継続的な自由」です。「成功」以上に「継続的な成功」です。

 

流される習慣がつくりだすリズムも、「時間」を必要とします。肉体を持つこの人生には「時間」は決められた分量しか与えられていません。

 

犯罪を犯して刑務所に入ることは、時間を取り上げることです。勉強を頑張って推薦合格をすることは、時間をプレゼントされることです。

 

 

 

「時間」は、人によっての体験が大きく違います。流される習慣を持つ人にとって、「時間」は常に手の隙間から溢れるように消費されてしまっています。明確さがないので、どれくらい無駄にしているのかもわかりません。

 

一方、考える人にとって「時間」は、消費も貯蓄も投資も自由度が高いです。「時間の使い方」という言葉があるように、「時間」を友人にします。正義感が強い「時間」は、考える人にとっては身近な友人です。

 

極論で考えていくと、実は「時間」そのものは幻想です。

 

例えば今、あなたがこれを読んでいます。身体に対して、前を向いているはずです。では、「右に何があるかを知る」にはどうすればいいでしょうか。よくある1つの答えとして「右を向く」です。左を知るには「左を向く」で、後ろを知るには「後ろを向く」です。

 

首から上のみで捻る動作をする人もいれば、身体ごと捻る人もいます。人によって動作が違うことは、「時間」の使い方が違うということです。それでも、左右・前後・上下を知るなら、1セットで5秒くらいはかかります。「時間」がかかります。

 

しかしこれは、トリックです。「一瞬」で、左右・前後・上下を知ることができる人がいます。どうやれば、できるでしょうか。いろいろな方法が、あります。

 

例えば最初から、それぞれを向いている友人を呼んでおくことです。「一瞬」で、すべての方向を知ることができます。時間の影響を少なくできます。

 

「ズルい」わけではありません。「その人から右がどうなっているのかを教えてくれるまでに時間がかかる」というのも、違います。チームワークがあって「右担当」となれば、「右」については聞かなくてもいい場合もあります。1人であれば、目の前に鏡をいくつも用意し、全方向が見えるようにする方法もあるわけです。

 

学校では、「テスト」を受ける際には人との協力をしてはいけないルールがあります。参考になる文献を見てはいけないルールがあります。それを他の場面に持ち込む必要もありません。

 

 

 

スピリチュアリティの概念では「時間は存在しない」という概念があります。これは、先ほどの上下・左右・前後の延長上に、全宇宙(全次元つまり全時空)に目がついていることと同じです。

 

いろいろな方向を振り向きながら見ていたら、今いる部屋(空間)ですら把握するのに時間はかかります。ましてや世界、宇宙、次元など、対象を広げるほど「時間」を消費することになります。

 

しかし、考えることによって、いろいろな方法を見つけることができます。「時間」は、思考の力によってパラメーターが変わります。

 

「覚醒する」とは、全宇宙にいわゆる「目」を向けたと認識できるような体験です。折り畳まれたような「次元」などの存在に「気づく」のです。その「存在」の中には、より人間に近い存在もいます。無機質な存在、例えば「空間」もあるわけです。蟻だって人生があるわけで、その人生に目が向くことで、同じように体験するかもしれません。

 

「前しか見えない」というのは、「目」が前方向にそして2つだけしかないからという思い込みです。実際には、そんなものではありません。想像力をはたらかせれば、そもそも「見る」必要すらないかもしれないわけです。